はじめに
胸郭の可動性が増えることで1回の換気量が増大による有酸素運動時間の延長や肩関節・腰痛の予防等の怪我予防にもつながることが考えられます。
・剣状突起高の拡張差が1cm増大すると、男性では約120ml、女性では約75mlの肺活量(VC)が増大する。
田平ら 中高年者における胸郭拡張差を加味した肺機能予測式の検討 理学療法学第23巻第2号 66-71 (1996)
・胸郭拡張差1cmあたりの各高さでの体積変化量は、第3肋骨で241.3±9.1ml/cm、胸骨剣状突起で213±8.3ml/cm、第10肋骨で247.0±5.2ml/cmであった。
正保ら 胸郭拡張差と胸郭体積変化の関連性 理学療法学29 (6):881-884,2014
上記の文献でも胸郭の可動域が増加することにより、1回の換気量が増大することがわかります。
これらから、運動においても胸郭可動域が重要であると考えられます。
- 胸郭を構成する骨
- 胸郭を構成する関節
- 胸郭に関与する筋肉
- 胸郭の可動性が低下する原因
- 胸郭可動性の評価方法
- 胸郭柔軟性の出し方
胸郭を構成する骨
胸郭を直接構成する骨は胸骨・12対の肋骨および肋軟骨と胸椎からなります。
第1〜7肋骨は前方で肋軟骨を介して胸骨と関節構造を作ります。
第8〜10肋骨は仮肋と呼ばれ直接胸骨には付着せずに第7肋軟骨に合流します第11〜12肋骨は遊離肋(浮肋)と呼ばれ胸骨や上位肋骨に付着せず遊離した構造となっています。
また、間接的に重要となってくるものとしては肩甲骨や骨盤が胸郭の可動域へ影響を及ぼすことが報告されています。
・胸郭周径と肩甲骨位置には高い関連性がある
吉田ら 自然立位の脊柱アライメントと肩甲骨位置および肩甲上腕関節外転可動域の関係.理学療法学,2014,29:277-282
胸郭を構成する関節
胸骨柄と胸骨体の融合を指す胸骨柄結合。これは、生涯の後半には骨化し、骨化前には胸郭の拡張に適度に関与すると言われております。
胸肋関節は、肋骨と肋軟骨を結ぶ肋骨軟骨結合、胸骨と肋軟骨を結ぶ胸骨肋軟骨結合によって構成される。第2〜7胸肋関節にはわずかな滑り運動が可能とされている。
肋軟骨間関節は第5〜10肋軟骨間に存在する関節構造をいう。肋軟骨間靱帯で覆われる。
肋椎関節は肋骨頭関節・肋横突関節の2つから構成され、両方とも形状は平面関節になります。
上位肋骨は、前面で胸骨と関節を形成することから可動性に乏しく、肋横突関節は横突起が凹状であるのに対して、肋骨頭が凸の形状をしているために関節の安定性が保たれている。
下位肋骨は、前面で胸骨と関節を形成せずに肋軟骨に付着しているため、上肢肋骨よりも可動性があり、横突起の関節面が平坦であるのに対して肋骨頭は凸の形状となっている。
この形状の違いから、上位肋骨の可動性は胸椎の動きに影響されるが、下位肋骨は自由度が高く、可動性に優れている反面、筋や関節以外の影響を受けやすい。
胸郭の運動は胸式呼吸に関与しており、肋椎関節の可動性と肋軟骨の弾性によってもたらされる。吸気時の胸郭拡大は肋骨頭関節と肋横突関節を結んだ軸とした回転により起こる。
標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野 解剖学 第4版
胸郭に関与する筋肉
まずは大きく呼吸筋と呼吸補助筋に大別されます。
安静吸気は主に横隔膜、斜角筋、肋間筋が活動します。
また、安静呼気には腹筋群の活動はなく、安静呼気は吸気筋が弛緩することによって行われます。
努力吸気筋として胸鎖乳突筋、大・小胸筋、僧帽筋、肩甲挙筋、脊柱起立筋、肋骨挙筋、上後鋸筋があり、
努力呼気筋として肋下筋、内肋間筋横・後部、腹直筋、内・外腹斜筋、腹横筋、胸横筋、下後鋸筋があります。
呼気筋群の働きとしては気道内分泌除去に関連した強制呼出となります。
横隔膜
呼吸筋・呼吸補助筋のそれぞれの作用について説明させていただきます。
まずは呼吸筋である横隔膜です。
呼吸に必須の筋、最も重要な吸気筋とも言われ、胸郭の中でも呼吸において特に重要な役割を担っています。横隔膜は吸気時に求心性収縮をしながら下位胸郭を広げるように下制し、呼気時に遠心性収縮をしながら上昇します。横断面は約270cm2で、安静呼吸時では収縮によって1.5cm下制する。横隔膜の収縮のみでも概算で約400mLの1回換気量がある。
また、胸椎の後弯が増大し、胸郭が後方へ偏移した姿勢になると胸郭の前後径が狭くなり弛緩した状態になると報告されています。
呼吸運動の主動作筋としての機能のほかにも横隔膜の弓状靱帯が、大腰筋、腰方形筋、そして腹横筋と筋膜を通してつながることから、筋活動状態が相互に影響を及ぼし下部体幹の安定化に寄与していると言われております。
肋間筋
外肋間筋
作用:肋骨の挙上=吸気 安静吸気時にわずかに活動
吸気時の活動:下部肋間筋<上部肋間筋
外腹斜筋と走行が同じ方向で体幹の回旋や側屈にも働く
内肋間筋
作用:肋骨の下制=呼気
呼気時の活動:上部肋間筋<下部肋間筋
内腹斜筋と走行が同じ方向で体幹の回旋や側屈にも働く
肋間筋群の収縮は互いに打ち消しあい換気には関係せず、胸腔内圧による胸壁の呼吸性動揺を防ぎ胸郭の固定に働き、換気に貢献していると考えられています。
そのため、肋骨骨折を生じた患者に対しては肋間筋による胸郭固定ができなくなり吸気で肋骨が陥没し、呼気時に突出する奇異呼吸が生じると言われています。そのため、肋骨骨折患者に対して胸郭変形の予防や矯正・関節の保持を目的にバストバンドが使用されます。
斜角筋
第1,2肋骨を引き上げ、上部胸郭を拡張させる立位、仰臥位で安静吸気時(吸気後半)に働き、高肺気領域での活動が重要である。
努力性呼気や咳において胸郭の下方への牽引を防止する働きがある。
腹筋群
咳、運動、過換気、Valsalva法では4筋群は同時に働きます。また、作用としては脊柱を屈曲し肋骨を下制させ肋間隙を狭小させる
機能的残気量以下の呼気を行うと、吸気は受動的に行われること、肺過膨張の肺気腫では腹腔内圧の上昇がないと横隔膜の下降は下部胸郭の拡大に十分寄与しないと言われています。すなわち、腹筋群の収縮により胸腔内圧・腹腔内圧を増加させることで腹部内臓を圧迫し、横隔膜を上方へ押し上げて呼気を促すことにより間接的に吸気の補助をするとされています。
さらには、頸髄損傷では腹部コルセットを使用することにより、長さ-張力曲線を改善させることなどの報告があります。
胸鎖乳突筋
胸鎖乳突筋は胸骨・鎖骨の引き上げ、胸郭の前後径を増大する働きがある。吸気抵抗負荷時に呼吸困難の増大と共に働きが大きくなる。
さらに、長期高位頸髄損傷者では筋肥大を認め、胸鎖乳突筋だけの単独な呼吸では15〜30分間持続可能。
広背筋
広背筋は強い運動強度において呼気に活動すると言われておりますが、一方で広背筋は呼気にも活動が確認されている文献もある。そのほかでも左右の広背筋の厚みがある側が胸郭体積の低下が見られたという報告もあるため、しっかりとした作用はありません。
脊柱起立筋
脊柱起立筋は最大吸気時に脊柱を伸展させ、直接肋骨に作用しないが肋椎関節を介して肋間隙の拡大を起こすとされている。
胸筋群
大・小胸筋は腕を屈曲し深吸気すると、胸郭を挙上し吸気筋として作用する。
胸郭の可動性が低下する原因
円背
・高齢女性を対象とした研究で、胸椎圧迫骨折の数が増えるごとに%VCは約9%減少すると報告している。
Leech jA.Dullberg C.et al;Relationship of lung function to severity ofosteoprosis in womwn.Am Rev Respir Dis.1990;141:68-71.
・円背姿勢の女性は円背の者ではない者と比較し、VC、胸郭可動性が優位に低下している
Culham EG, Jimenez HA,et al.:Thiracickyphosis,ribmobility ,and lung volumes in normal women and women with osteoporosis,Spine1994;19:1250-1255
以上のことから円背(猫背)になることで換気量が減少することがわかる。
肺実質の変化
喫煙等で肺実質が硬くなることにより呼吸補助筋(頸部周囲の筋)も硬くなり、猫背が助長されることが考えられる。
胸郭可動性の評価方法
胸郭拡張差
テープメジャー法による胸郭可動域の測定は信頼性が高いことや、メジャーのねじれや張力の違いで誤差が生じることから注意が必要と言われています。
そのため、可能な限り標準化するため方法としては座位または立位で最大吸気時と最大呼気時における胸郭周径をテープメジャーを用いて5mm単位で測定する。
メジャーの高さと検査者の目線を同じにして、最大吸気の胸郭周径を測定した後、被験者にゆっくりと呼息させ、最大呼気まで胸郭縮小の動きに合わせてメジャーを牽引する。
最大吸気、呼気時とも限界付近までメジャーを牽引した後軽く緩めて寸法を読み取る。
これを3回ずつ測り、差の最大値を採用する。
・テープメジャー法による胸郭可動域の測定は信頼性が高い
Bockenhaur SEら Mesuring thoracic excursion:Reabilityof cloth tape mesure technique.J Am Osteopath Assoc,2007,105(5):191-196